よそで居場所を
なくした人が、
最後に辿り着ける場所へ。
住宅型有料老人ホーム かぜのおと 代表
上司は選べません。上司を育てる順番は、選べます
上司は選べません
この文章は、いま老人ホームで働いていて、上司に恵まれずに辞めようかと考えている方に向けて書いています。それ以外の方に読んでいただくつもりはありません。介護の仕事に興味がある学生の方、待遇のいい職場を探している方、夜勤の少ない職場に移りたい方。どの方も大切ですが、この文章はその方々のために書かれていません。
想定しているのは、こういう状況の方です。仕事そのものが嫌になったわけではない。利用者さんの前では、まだ普通に笑える。おむつを替えるのも、食事の介助も、慣れてきた。けれど、事務室の扉を開けるときだけ、少し息を止めている。報告に行くと「で?」と返される。判断を仰ぐと「自分で考えて」と言われ、自分で考えて動くと「なんで勝手にやったの」と言われる。どちらでも怒られるので、だんだん報告の回数が減っていく。
そして、あるとき気づきます。自分がこの職場で困っていることを、誰にも言っていない。
もう一方に、こういう方もいらっしゃいます。ある日いきなり「来月から管理者ね」と言われた方です。研修も引き継ぎもなく、前任者はもう辞めている。シフトを組み、家族対応をし、部下の相談を受ける立場になった。けれど自分が誰に相談すればいいのかは、誰も教えてくれなかった。
私がこの文章で申し上げたいことは、一つだけです。転職先を選ぶとき、上司の人柄を見ても無駄です。優しい上司に当たれば楽になる、という考え方で職場を選ぶと、また同じところへ戻ります。なぜなら、人は異動し、辞めるからです。見るべきものは別にあります。上司が部下を育てる順番が、その施設で決まっているかどうか。それだけです。
私の施設では、管理者の層が、一度に六人続けて辞めた時期があります。一人が辞め、その次が辞め、また次が辞めました。残された現場は、判断できる人がいない状態になりました。新しい部長陣を集めるために、私は長く苦労しました。声をかけ、断られ、また声をかける。その繰り返しでした。
そのとき私が思い知ったのは、自分がそれまで「人」に頼って施設を回していたということです。あの人がいるから現場が持っている。あの人が見てくれているから新人が育つ。そういう状態を、私は良いことだと思っていました。頼れる人がいる職場は、良い職場だと。
違いました。頼れる人がいる職場は、その人が抜けた日に崩れる職場でした。六人が抜けたあと、現場に残ったのは、教える順番を知らない人たちと、教わる順番を知らない人たちだけでした。誰も悪くありません。決まっていなかっただけです。
私はそこから、人を見て採ることをやめました。採る前に、入った人が何をどの順番で教わるのかを決める。そちらを先に作る。順番が逆だったと気づくのに、私は何年もかけました。
数字の側から見ても、同じことが出ています。公益財団法人介護労働安定センターの令和5年度「介護労働実態調査」によると、前の職場を辞めた理由の第1位は「職場の人間関係に問題があったため」で、34.3%でした。前年度より6.8ポイント増えています。二番目は法人や事業所の理念・運営のあり方への不満で26.3%、三番目は他に良い仕事・職場があったためで19.9%、収入が少なかったためは16.6%でした。
つまり、辞める理由として最も多いのはお金ではありません。人間関係です。しかも、その差は小さくありません。賃金を理由に挙げた方の、二倍を超えています。
もう一つ、この調査で示されていることがあります。年齢層が低いほど「職場の人間関係に問題があったため」を挙げる割合が高くなる傾向がある、という点です。経験が浅い時期ほど、人間関係で辞めているということです。技術が足りないから辞めるのではありません。聞ける相手がいないから辞めています。
ですから、いまあなたが「人間関係で辞めようか」と考えていることは、弱さではありません。最も多い理由です。
この段で書ききれなかったことを、下に並べます。
- 「合う上司のいる職場」を探して転職すると、なぜ二年後に同じ場所に立っているのか。理由は単純で、合う合わないは相手が決めるものだからです。あなたが選べるのは、相手ではなく仕組みだけです。次の職場で誰に当たるかは、面接の日には決まっていません。決まっているのは、その施設が新人をどう扱う決まりを持っているかだけです。そこだけは、入る前に確かめられます。
- 異動の辞令は、あなたの都合を聞かずに出ます。いまあなたを守ってくれている主任が、来年も同じ階にいる保証はどこにもありません。法人が複数の施設を持っていれば、なおさらです。良い上司に当たったことを幸運だと感じている方ほど、その幸運が続く前提で職場を選んでいます。幸運の上に生活を置かない方法を、この文章では書いています。
- 面接に出てくる人が、あなたの上司になるとは限りません。採用担当と現場の管理者が別である施設は珍しくありません。面接で感じの良かった方が、入職後に一度も現場に来ないということが起こります。ですから面接では、相手の感じの良さではなく、答えの具体性を見てください。感じは変わります。決まりごとは変わりません。
- 「アットホームな職場です」と求人票に書かれていたら、何を確かめるべきか。この言葉自体は悪くありません。問題は、家庭的であることと、教える順番があることが両立しているかどうかです。家庭に手順書はありません。だから家庭的な職場ほど、教え方が人によって違うことがあります。良い意味でも悪い意味でも、当たった人で決まります。
- 口コミサイトの評価が高い施設でも、辞める人は辞めます。書き込みの多くは、辞めた直後の方か、いま不満のある方によるものです。満足して働いている方は、わざわざ書きません。つまり口コミは、悪い面が実物より濃く出る仕組みになっています。読むなとは申しません。ただ、読んでも分からないことがあると知っておいてください。
- 辞める理由を、あなたはご自身に正直に言えていますか。退職届に「一身上の都合」と書き、面接では「スキルアップのため」と言う。それが社会人の作法だとされています。ですが、本当の理由を自分の中でも曖昧にしたまま次を選ぶと、同じ条件の職場を選びます。無自覚に、慣れた形を選んでしまうからです。
- 管理者を任された方が、なぜ三か月で潰れるのか。業務が増えるからではありません。増えた業務について相談できる相手が、その瞬間に消えるからです。昨日まで同僚だった人が部下になり、上司は他施設にいる。誰に聞けばいいか分からないまま、シフトと家族対応と事故報告が同時に来ます。これは能力の問題ではありません。
- 上司が六人抜けた現場に残るのは、誰か。いちばん立場の弱い人です。判断できる人がいない中で、経験の浅い職員が判断を求められます。判断が合っていたかどうかを教えてくれる人も、もういません。私はこの光景を自分の施設で見ました。あのとき残ってくれた職員には、いまでも返しきれないものがあります。
- 施設の規模が大きいほど、上司との距離は遠くなります。大きい法人は制度が整っていることが多く、それ自体は利点です。ただし制度があることと、あなたの直属の上司がその制度を使えることは別です。研修制度がある、という言葉と、あなたが来月それを受けられる、という事実の間には距離があります。
- 在職中に動くほうが、辞めてから動くより強い立場に立てます。収入が途切れていないので、条件の悪い職場を焦って選ばずに済むからです。在職中の応募を歓迎しない施設もありますが、それ自体が一つの判断材料になります。急いで人を埋めたいだけの施設かどうかが、そこで見えます。
- あなたが「まだ頑張れる」と思っているうちに動くことに、意味があります。限界まで来てから動くと、次を選ぶ基準が「いまより楽なら、どこでもいい」になるからです。その基準で選ぶと、多くの場合また同じところへ戻ります。まだ頑張れるいまが、いちばん冷静に比べられる時期です。
- この文章を読んで「自分のことではない」と思われた方へ。それでよいと思います。この文章は、上司との関係で消耗している方だけに向けて書いています。給与や夜勤の回数で職場を探されている方には、もっと適した求人がたくさんあります。全員に向けて書くと、誰にも届かなくなります。だから絞りました。
ただ、理由が多いことと、次の職場で解決することは別の話です。
相談する相手がいない
ここでは施設の話をしません。あなたがいま置かれている状況を、できるだけ正確に言い当てることだけをします。
まず、あなたはおそらく「人間関係が悪い」と言われると、少し違うと感じます。怒鳴られているわけではない。いじめられているわけでもない。挨拶は返ってくる。だから人に相談しても「どこの職場もそんなものだよ」と言われて終わる。それがいちばんつらい。
具体的には、こういうことが起きているはずです。利用者さんの様子が少し違うと感じたとき、報告するかどうかを迷う。報告すれば「様子見でいい」と言われる可能性がある。言わずにいて何かあれば、あなたの責任になる。どちらに転んでも自分が損をする構造なので、迷っている数十秒のあいだに、胃のあたりが重くなる。
申し送りの時間に、言おうとしていたことを言わずに終わる日が増える。言っても伝わらないからではありません。言ったあとに返ってくる反応を、先に想像してしまうからです。
一年目の方であれば、こういう場面もあります。分からないことを二回目に聞くのが怖い。一回目は教えてもらえた。二回目に聞いたら「前に言ったよね」と言われた。それ以降、分からないまま自分で判断するようになる。判断が合っていたかどうかは、誰も教えてくれない。
管理者になった方であれば、別の重さがあります。部下から相談を受けたときに、答えを持っていない。持っていないと言えない。言えば頼りにされなくなると思っている。だから曖昧に答える。曖昧に答えた自分のことを、帰り道に思い出す。
そして、どちらの立場の方にも、共通して起きていることがあります。仕事が終わって家に帰ってから、職場のことを考えている時間が長い。
私は、陰で言われる側にいたことがあります。十年前、介護の知識がないまま起業したときです。褥瘡も知らないのか、と陰で言われていました。直接言われたのではありません。直接言われたほうが、まだ楽だったと思います。
初期の職員から馬鹿にされながら、それでも事業を続けました。何か新しいことをやろうとするたびに、空気が止まるのが分かりました。営業に行こうと声をかけても、誰も一緒には来てくれませんでした。断られたというより、話が流れていく感じでした。私は一人で出かけました。
あのころ私がいちばん消耗していたのは、業務の量ではありません。何を言っても届かない、という感覚です。届かないと分かっている相手に、それでも毎日話しかけなければならない。その繰り返しが、人を静かに削っていきます。
だから、あなたが「言えないまま辞めようとしている」ことの重さが、私には分かります。分かる、と軽く言うつもりはありません。ただ、あれは根性が足りないから起きるのではないと、私は自分の経験から知っています。
同じ調査は、人間関係の中身まで踏み込んで聞いています。「職場の人間関係に問題があった」と答えた方の内訳です。
最も多かったのは「上司の思いやりのない言動、きつい指導、パワハラなどがあった」で49.3%。ほぼ半分です。次に「上司の管理能力が低い、業務指示が不明確、リーダーシップがなく信頼できなかった」が43.2%。三番目が「同僚の言動(きつい言い方・悪口・嫌み・嫌がらせなど)でストレスがあった」で38.8%でした。
そして四番目に、こういう項目があります。「ケアの方法など仕事上の課題に関する上司や同僚との意思疎通・意見交換がうまくいかなかった」26.6%。
この四番目が、私はいちばん重いと思っています。悪意の話ではありません。話し合いが成立しなかった、というだけの項目です。怒鳴られたわけでも、無視されたわけでもない。ただ、ケアのことを相談する場が機能していなかった。それで四人に一人が辞めています。
あなたが感じている「言っても伝わらない」は、この項目に入ります。気のせいではありません。
この段で書ききれなかったことを、下に並べます。
- 報告に行くのを、何秒ためらっていますか。利用者さんの顔色がいつもと違う。報告すべきか、様子見でいいか。判断そのものより、報告したあとに返ってくる言葉を先に想像してしまう。その数十秒が、一日に何度も来ます。積み重なると、業務時間より長く消耗します。この時間を減らせるかどうかが、職場の良し悪しを分けます。
- 二回目の質問を、飲み込んだことはありませんか。一回目は教えてもらえた。二回目に聞いたら「前に言ったよね」と言われた。それ以来、分からないまま自分で判断するようになった。このとき失われるのは知識ではありません。確認するという行為そのものが、職場から消えていきます。事故は、その先で起きます。
- 申し送りで言おうとしてやめたことが、今週いくつありましたか。言わなかった理由を思い出してみてください。情報が足りなかったからではないはずです。言ったあとの空気を想像したからです。情報が止まる職場では、利用者さんの小さな変化が最初に落ちます。落ちた情報は、誰の記憶にも残りません。
- 家に帰ってから、職場のことを何分考えていますか。入浴中、寝る前、休みの日の午後。考えている内容の多くは、業務の段取りではなく、人のことのはずです。あの言い方は何だったのか。自分が悪かったのか。この時間は給料に含まれていません。にもかかわらず、あなたの生活のかなりの部分を占めています。
- 「どこの職場もそんなもの」と言われて、話すのをやめたことはありませんか。この一言は、相手に悪気がないぶん、いちばん効きます。相談しても仕方がないと学習してしまうからです。学習したあとは、誰にも言わなくなります。辞める直前まで周囲が気づかないのは、この学習が済んでいるからです。
- 怒鳴られていないのに苦しい、という状態を説明できますか。分かりやすい暴言があれば、まだ訴えられます。ところが実際に多いのは、返事が短い、目を合わせない、相談すると忙しそうにする、といった形のないものです。証拠が残らないので、自分の感じ方が悪いのではないかと考えるようになります。
- 利用者さんの前では笑えている自分を、どう思っていますか。多くの方が、そこだけは保てています。そして、保てていることを理由に「まだ大丈夫」と判断します。ですが利用者さんの前で保てるのは、あなたが職業人として優秀だからです。優秀さで蓋をしている状態は、長くは続きません。
- 管理者になってから、誰に相談していますか。部下には言えません。同僚だった人に弱音を吐けば、翌日には立場が変わります。上司は別の施設にいて、月に一度の会議でしか会わない。答えを持っていないと言えないまま、曖昧に答える日が続きます。帰り道に思い出すのは、その曖昧に答えた自分の声です。
- 部下から相談されたとき、返す言葉を持っていますか。持っていないこと自体は問題ではありません。問題は、持っていないと言える相手が上にいないことです。教わっていないことは、教えられません。管理者が孤立している施設では、その下の職員も必ず孤立します。順番に降りてきます。
- 「人間関係が悪い」という言葉で、片付けられていませんか。この言葉は便利すぎます。便利な言葉に置き換えた瞬間、原因を特定する作業が終わってしまいます。実際に起きているのは、相談の場が時間割に入っていない、教える順番が決まっていない、といった具体的な欠落です。具体であれば、直せます。
- 陰で言われる側に立ったことのある人だけが分かることがあります。直接言われるより、聞こえるか聞こえないかの声のほうが長く残ります。言い返す相手がいないからです。私は十年前、褥瘡も知らないのかと言われる側にいました。あのときいちばん消耗したのは、業務の量ではありませんでした。
- 声をかけても誰も動かない、という状態を経験したことはありますか。私は営業に一緒に行こうと声をかけて、断られたわけでもなく、ただ話が流れていくのを何度も見ました。拒否ではないので、抗議もできません。一人で出かけました。届かないと分かっている相手に毎日話しかけ続けることが、人を静かに削ります。
問題は、これが次の職場で自然に解決するかどうかです。
性格の問題ではない
ここで、ひとつ考え方を変えていただきたいことがあります。
多くの方が「上司に恵まれるかどうかは運だ」と考えています。私もそう思っていました。そして、そう思われてきた理由があります。実際に、上司によって職場の空気は変わるからです。同じ法人の同じ建物で、階が違うだけで働きやすさが変わる。それを何度も見れば、運だと思うのが当然です。
もう一つ、根強い考え方があります。介護は経験年数が物を言う、というものです。長くやっている人のほうが分かっている。だから新しく入った人は、口を出さずに覚えるべきだ。この考え方も、理由があって生まれています。体で覚える部分が実際に多い仕事だからです。
ですが、この二つを信じたまま転職すると、何が起きるか。良い上司に当たることを祈って入り、当たらなければまた辞めることになります。そして、経験年数を理由に発言を控えるので、困っていることを言い出せないまま一年が過ぎます。
私が申し上げたいのは、別の見方です。上司が優しいかどうかは、人柄の問題ではなく、その人が「教える順番」を渡されているかどうかの問題である、ということです。順番を渡されていない上司は、忙しいとき必ずきつくなります。人が悪いのではなく、持っているものが無いのです。
私自身の経験で言うと、逆のことも起きました。利用者さんへの対応において、経験の長い職員よりも、私のほうが距離の詰め方がうまかったのです。
私は介護の知識がないまま始めました。代わりに、それまでマーケティングと心理学を学んでいました。人がどういうときに心を開き、どういうときに閉じるのか。そういう見方で利用者さんと向き合いました。
すると、経験十年の職員が手を焼いていた方と、話ができることがありました。私は介護技術では明らかに劣っていました。それでも、その方にとっては私のほうが話しやすかった。
このとき私が理解したのは、介護の力量は一本の線ではないということです。経験年数で測れる部分と、測れない部分がある。測れない部分を「センス」と呼んでしまうと、教えられなくなります。教えられないものにしてしまうと、できる人がいなくなった日に、施設ごと力を失います。
だから私は、六人が辞めたあとに決めました。人柄や勘に頼っていた部分を、できるだけ順番に置き換える。上司が部下を育て、育った部下が幹部になる。その流れを、特定の誰かの善意に預けない。誰が辞めても回る形にする。
この考え方は、調査の数字とも合います。先ほど挙げた内訳を、もう一度見てください。「上司の管理能力が低い、業務指示が不明確、リーダーシップがなく信頼できなかった」が43.2%でした。
この項目には、性格を表す言葉が一つも入っていません。管理能力。業務指示。リーダーシップ。すべて、やり方の話です。冷たい、意地悪、相性が悪い、という言葉ではありません。
つまり、四割を超える方が辞めた原因は、上司の人間性ではなく、上司の側に管理のやり方が無かったことです。指示が不明確、という言葉が示しているのは、上司が何を伝えるべきか決めていないということです。
もちろん、一番目の項目(きつい指導やパワハラ、49.3%)には人の問題が含まれます。ですが、きつい指導が生まれる場面を思い出してください。多くは、上司自身が追われているときです。余裕のない人が、余裕のない言い方をします。そして余裕は、段取りから生まれます。
この段で書ききれなかったことを、下に並べます。
- なぜ「上司ガチャ」という言葉が広まったのか。当たり外れがあると多くの人が実感しているからです。実感自体は正しいと思います。ただしこの言葉を使った瞬間、対策は運任せになります。運の話にした人は、次も運で選びます。当たりを引く方法ではなく、外れても崩れない場所の見分け方を持つほうが、長く働けます。
- きつい指導をする上司は、いつきつくなりますか。思い出してみてください。多くの場合、その人自身が追われているときです。加算の書類が締め切りを迎えている日、人が足りていない日、家族からの苦情が入った日。人格が変わるのではありません。余裕が消えているだけです。そして余裕は、段取りから生まれます。
- 「習うより慣れろ」と言われて、何年目まで納得できますか。体で覚える部分が多い仕事なので、この言葉には正しさがあります。ですが、慣れろと言われた側は、何をどこまで覚えれば一人前かを知らされません。ゴールを知らされないまま走る状態が続くと、自分の成長を自分で確認できなくなります。
- 経験年数が長い人ほど、利用者さんとうまくいくとは限りません。私は介護の技術では明らかに劣っていましたが、経験十年の職員が手を焼いていた方と話ができたことがあります。マーケティングと心理学を学んでいたからです。人がどういうときに心を開くか、という別の軸を持っていただけでした。
- 介護の力量を一本の線で測ると、何が起きるか。年数の短い人の意見が通らなくなります。そして年数の長い人は、自分の判断を説明しなくてよくなります。説明されない判断は、受け継がれません。できる人がいなくなった日に、施設は技術ごと失います。これは私が実際に経験したことです。
- 「センス」という言葉を、職場で何回聞きましたか。あの人はセンスがある、という褒め言葉は、裏を返せば教えられないという宣言です。教えられないことにしてしまうと、育成は運に戻ります。本当にセンスなのか、まだ言葉にできていないだけなのかを、分けて考える必要があります。
- 上司の管理能力が低い、と感じたとき、その人を責めても何も変わらない理由。その人もまた、教える順番を渡されていない可能性が高いからです。昇進のとき、部下の育て方を誰かに教わった上司が、どれだけいるでしょうか。渡されていないものを、人は渡せません。
- 指示が不明確だ、と感じる場面を具体的に思い出せますか。「適当にやっといて」「臨機応変に」「見て覚えて」。これらはすべて、指示ではなく判断の丸投げです。丸投げされた側が失敗すると、判断を誤ったことにされます。誰が悪いという話ではなく、決めていない状態そのものが原因です。
- 人に頼って回っている職場の、見分け方があります。「あの人がいるから大丈夫」という言葉が、職場で何度も出てくるかどうかです。頼れる人がいることは良いことに見えます。ですが、その人が抜けた日に何が起きるかを、誰も考えていないなら、それは崩れる前の状態です。
- 私が六人に辞められて理解したのは、順番が逆だったということです。それまでは、良い人を採れば現場が良くなると考えていました。実際は逆でした。入った人が何をどの順番で教わるかを先に決めておかないと、良い人が入っても、その人の善意を使い潰すだけになります。
- 善意で回っている職場は、なぜ長く続かないのか。善意は無料に見えますが、実際には払っている人がいるからです。夜勤明けに新人を教えている先輩、休憩時間に相談に乗っている主任。その方たちが疲れた日に、教育は止まります。止まったことは誰にも報告されません。
- 仕組みという言葉を、冷たいと感じる方へ。私も以前はそう感じていました。ですが六人が抜けたあと、残った職員を守ってくれるものが何もなかったとき、考えが変わりました。決まりごとは、人を縛るためにあるのではありません。その日いちばん弱い立場の人を、守るためにあります。
ここまで来ると、選ぶときに見るものが変わってきます。
何を見て選ぶか
新しい見方に立つと、職場を選ぶときに確かめるものが決まります。三つです。
一つ目。入った人が、いつ何を教わるのかが決まっているかどうか。一か月目に何を覚え、三か月目に何ができるようになっているのか。これが答えられない施設は、教えることを個人の親切に任せています。親切な人に当たれば育ちますが、その人が夜勤明けで疲れていれば、その日は教わりません。
二つ目。困ったときに誰に言うのかが決まっているかどうか。「何でも相談してね」は、決まっていないという意味です。誰に、いつ、どの場で言うのか。その場が業務として時間割に入っているかどうかを見てください。入っていなければ、相談は休憩時間を削って行うものになります。
三つ目。上司が抜けたときに何が起こるかを、施設が想定しているかどうか。これは面接で聞きにくい質問ですが、聞く価値があります。想定していない施設は、いま上司が良い人であっても、その人が辞めた瞬間にあなたの働きやすさが消えます。
この三つは、求人票には書かれていません。給与は書けます。勤務時間も書けます。しかし「教える順番があるか」は、文字にすると全部の施設が「あります」と書けてしまいます。だから、書かれたものを読んで判断することはできません。
では、どうするか。聞きに来ていただくしかありません。
この段の体験が足りません。 いま実際にある教育の仕組みについて聞かせてください。入った方が一か月目に何を教わり、三か月目に何ができるようになるのか。誰が見て、どのくらいの頻度で話す場があるのか。面談・チェック表・研修など、名前が付いているものがあれば、その名前のままで構いません。また、その仕組みで実際に育った方がいらしたら、いつ入った方で、何ができるようになったかを教えてください。ここが埋まらないと、この段は「基準を示しただけ」で終わり、なぜ当施設がその基準を満たしているのかを書けません。
外の数字も、この三つを見るべき理由を支えています。
同じ調査で、働く上での悩みとして最も多かったのは「人手が足りない」49.9%でした。次が「仕事内容のわりに賃金が低い」37.5%、「身体的負担が大きい(腰痛や体力に不安がある)」29.3%、「精神的にきつい」22.5%、「有給休暇が取りにくい」20.5%と続きます。
人手不足が半数を占めている、という事実をどう読むかです。人手が足りない職場では、教える時間が最初に削られます。削っても今日は回るからです。回らなくなるのは半年後、教わらなかった人が判断を誤ったときです。
そして人手不足は、当分なくなりません。厚生労働省が公表した推計では、2022年度に約215万人だった介護職員を、2026年度には約240万人、2040年度には約272万人まで増やす必要があるとされています。2022年度と比べて、約57万人の増員が必要という計算です。
この数字は、あなたにとって二つの意味を持ちます。一つは、介護の仕事が無くなる心配はないということ。もう一つは、どの施設も人を集めたいので、採用される側であるあなたに選ぶ権利があるということです。
この段で書ききれなかったことを、下に並べます。
- 面接で「教育制度はありますか」と聞くと、どこの施設も「あります」と答えます。ですから、この聞き方では何も分かりません。聞くべきは「一か月目に何を教わりますか」です。具体的な中身が返ってくるか、言葉が濁るかで、実際に決まっているかどうかが分かります。答えられない施設を責める必要はありません。合わないと判断すればよいだけです。
- 「何でも相談してください」と言われたら、こう聞き返してください。「それは誰に、いつ、どこで言えばいいですか」。決まっている施設は即答します。決まっていない施設は「その都度、手の空いている人に」と答えます。手が空いている人がいない日に相談ごとが起きるので、それでは機能しません。
- 相談の場が、業務の時間割に入っているかどうかを確かめてください。入っていれば、相談は仕事です。入っていなければ、相談は休憩時間を削って行うものになります。同じ「相談できる職場」という言葉でも、中身がまったく違います。この違いは、入職三日目から効いてきます。
- 上司が辞めたら何が起こりますか、と面接で聞くのは失礼でしょうか。聞きにくい質問であることは確かです。ですが、この質問に対する反応こそが、いちばん多くを語ります。考えたことがある施設は、考えた内容を話します。考えたことがない施設は、質問の意図を疑います。どちらであっても、あなたの判断材料になります。
- 求人票に書けることと、書けないことがあります。給与は書けます。勤務時間も、休日数も書けます。ところが「教える順番があるか」は、全部の施設が「あります」と書けてしまいます。文字にした瞬間に差が消える項目です。だから、書かれたものを比べても選べません。会って聞くしかありません。
- 人手が足りない職場で、最初に削られるものは何か。教育です。削っても、その日は回るからです。回らなくなるのは半年後、教わらなかった人が判断を誤ったときです。そのとき責められるのは、教えなかった人ではなく、判断を誤った本人になります。この順番を知っておいてください。
- 働く上での悩みとして最も多いのが「人手が足りない」で49.9%、という数字をどう読むか。半数の方が人手不足を訴えています。つまり、人手が足りている職場を探すのは現実的ではありません。探すべきは、人手が足りない中でも教育の時間が守られている職場です。守る方法を持っているかどうかを聞いてください。
- 介護の求人が今後なくなる心配は、数字の上ではありません。厚生労働省の推計では、2022年度に約215万人だった介護職員を、2040年度には約272万人にする必要があるとされています。約57万人の増員です。この数字は、あなたが選ぶ側に立てるという意味でもあります。
- 選べる立場にいる、という自覚を持ってください。応募する側が下手に出る空気が、この業界には残っています。ですが実際には、どの施設も人を求めています。焦って決めなければならない理由は、あなたの側にはありません。焦っているのは、多くの場合、施設の側です。
- 賃金だけで選ぶと、なぜ元に戻るのか。同じ調査で「仕事内容のわりに賃金が低い」を悩みに挙げた方は37.5%でした。確かに多い。ですが辞めた理由の一位は人間関係の34.3%で、収入の少なさは16.6%でした。不満に思う人は多いのに、辞める決め手にはなっていない。 ここに答えが出ています。
- 見学だけで判断できますか、という質問をよく受けます。難しいと思います。見学の日は、たいてい良い日です。人が揃っていて、記録も片付いています。ですから見るべきは設備ではなく、職員同士の話し方です。特に、若い職員が上司に質問する場面が一度でもあれば、そこを見てください。
- 面接で聞いた答えを、その場で判断しないでください。持ち帰って、いまの職場と並べてください。いまの職場で一か月目に何を教わったか、思い出せますか。思い出せないのであれば、それは決まっていなかったということです。比べる作業をして初めて、違いが数字ではなく感覚として分かります。
選べるのであれば、基準を持って選ぶべきです。
三か月後の朝
手に入るものを、先に申し上げます。
三か月後、あなたが変わっていると私が考えているのは、能力ではありません。朝の行動です。
いま、あなたは出勤して事務室の扉を開けるときに、少し息を止めています。その日の当番が誰かを確認してから、報告する内容を頭の中で組み立て直している。言い方を間違えないように。突っ込まれないように。
それが要らなくなります。要らなくなる理由は、あなたが強くなるからではありません。報告する場が、時間割の中に決まっているからです。決まっている場で話すことは、勇気の問題ではなくなります。順番が来たから話す、という行為になります。
もう一つ変わるのは、家に帰ってからの時間です。職場のことを考えている時間が短くなります。持ち帰る「あれは言うべきだったか」が減るからです。言う場が決まっていれば、その場で言い終わっています。
一年目の方であれば、二回目に質問できるようになります。二回聞いても怒られないと分かっているからです。分からないことを分からないと言えるようになると、判断を一人で背負う回数が減ります。背負う回数が減ると、夜眠れるようになります。
管理者を任されて行き詰まった方であれば、変わるのは「自分が誰に相談するか」です。答えを持っていないときに、持っていないと言える。言っても頼りにされなくなるわけではないと分かる。それが分かったとき、部下に対する言い方が自然に変わります。優しくしようと努力するからではありません。余裕ができるからです。
この段の体験が足りません。 実際に変わった職員の方について聞かせてください。人間関係で悩んで入ってきた方、あるいは管理者になった方で、入る前と今とで変わった方がいらしたら。いつ入られて、何に困っていて、どの時点で変わったか。お名前は出しません。この段は「入ったあとどうなるか」を見せる段ですので、実際に変わった方が一人いるかどうかで、説得力がまったく違います。
数字の側から見ると、この変化は現実的な話です。
先ほど挙げたとおり、辞めた理由の第1位は人間関係で34.3%でした。裏を返せば、人間関係の問題が解決している職場では、辞める理由の最大の塊が消えているということです。賃金でも、身体的負担でもありません。いちばん大きい塊です。
悩みの内訳も、同じことを示しています。「精神的にきつい」が22.5%、「身体的負担が大きい」が29.3%。身体の負担は仕事の性質上、完全には無くなりません。腰は痛くなります。しかし「精神的にきつい」の中身は、先ほど見た内訳と重なっています。言えない、伝わらない、相談できない。
身体の負担は減らせませんが、精神の負担は段取りで減らせます。減らせる側に手を打っている施設かどうかを、確かめる価値があります。
この段で書ききれなかったことを、下に並べます。
- 朝、事務室の扉を開けるときの呼吸を、意識したことはありますか。多くの方が、無意識に少し息を止めています。その日の当番を確認し、報告の言い方を組み立て直してから入る。この準備が要らなくなったとき、人はまず「朝が短くなった」と感じます。時間が変わったのではありません。構えが消えただけです。
- 報告の回数が増えると、何が起きるか。利用者さんの小さな変化が、記録に残るようになります。残った変化は、次の人が読みます。読まれた情報は、判断に使われます。あなたが気づいたことが、あなた一人の記憶で終わらなくなる。これは業務改善であると同時に、働いている人の孤独が減るということです。
- 二回目の質問ができるようになると、仕事のどこが変わるか。分からないまま判断する回数が減ります。判断を一人で背負う回数が減ると、夜、寝る前に反芻する材料が減ります。眠れるようになるのは、精神が強くなったからではありません。抱えているものの量が、実際に減っているからです。
- 家に帰ってから職場のことを考える時間は、なぜ減るのか。言う場が決まっていれば、その場で言い終わっているからです。持ち帰るのは「言うべきだったか」という未処理の判断です。処理する場所が時間割の中にあれば、未処理は残りません。残業時間には表れない負担が、ここで減ります。
- 管理者の方が最初に楽になるのは、どの場面か。おそらく、答えを持っていない相談を受けたときです。持っていないと言える相手が上にいると分かった瞬間、曖昧に答える必要がなくなります。曖昧に答えなくなると、部下はあなたの言葉を信じるようになります。順番はこちらです。
- 部下への言い方が変わるのは、優しくしようと努力したときではありません。余裕ができたときです。努力で変える優しさは、忙しい日に必ず剥がれます。剥がれたところを部下は見ています。段取りで生まれた余裕は、忙しい日にも残ります。だから私は、人柄ではなく段取りの話をしています。
- 経験の浅い方が、自分の成長を自分で確認できるようになります。一か月目に何を覚え、三か月目に何ができるようになるかが決まっていれば、できたことが積み上がって見えます。何年やっても一人前になった気がしない、という状態は、能力ではなく物差しの不在から来ています。
- 利用者さんとの関わり方も変わります。報告や相談に使っていた気力が、そのまま利用者さんに向くからです。誰かの顔色をうかがう作業は、想像以上に集中力を食います。その分を返してもらえると考えてください。介護の仕事を選んだ理由に、近いところへ戻れます。
- 他の施設で受け入れを断られた方が来られたとき、何が起きるか。私の施設では、認知症の進んだ方を積極的にお受けしてきました。受け入れられるのは、職員一人に抱えさせない前提で組んでいるからです。難しい方を受けられるかどうかは、施設の優しさではなく、体制の問題です。
- 「温かい家庭の雰囲気」という言葉を、私は簡単には使いたくありません。言葉だけなら誰でも書けるからです。ただ、そう言っていただけることがあるのは事実です。雰囲気は方針で作るものではなく、余裕のある人が集まった結果として出てくるものだと、私は考えています。
- 三か月で全部が解決するとは申しません。腰は痛くなります。人手が足りない日もあります。身体の負担は、仕事の性質上どうしても残ります。減らせるのは、精神の側です。悩みの内訳で「精神的にきつい」が22.5%を占めていましたが、その中身は段取りで減らせるものが多く含まれています。
- 辞める理由の最大の塊が消えるということの意味。調査では、前職をやめた理由の第1位が人間関係で34.3%でした。収入の少なさは16.6%です。人間関係が片付いている職場では、いちばん大きな塊が最初から無い。続けられるかどうかを、根性で決めなくてよくなります。
ここまでお読みいただいた方に、していただきたいことは一つだけです。
手に入るものを、改めてまとめます。
- 上司の人柄で職場を選んでも、その人は異動し、辞めます。選べるのは人ではなく、仕組みだけです。
- 見るべき一点は、上司が部下を育てる順番が、その施設で決まっているかどうかです。
- 辞めた理由の第1位は「職場の人間関係に問題があったため」で34.3%。収入が少なかったためは16.6%でした。不満に思う人は多いのに、賃金は辞める決め手になっていません。
- 年齢層が低いほど、人間関係を理由に辞める割合が高くなります。技術が足りないから辞めるのではなく、聞ける相手がいないから辞めています。
- 人間関係の内訳は、上司のきつい指導やパワハラが49.3%、上司の管理能力が低い・業務指示が不明確・リーダーシップがなく信頼できなかったが43.2%、同僚の言動が38.8%、ケアについての意思疎通がうまくいかなかったが26.6%でした。
- 管理能力・業務指示・リーダーシップという言葉には、性格を表す語が一つも入っていません。人間性ではなく、やり方の話です。
- きつい指導は、上司自身が追われているときに生まれます。余裕は段取りから生まれます。
- 介護の力量は一本の線では測れません。経験十年の職員が手を焼いた方と、技術で劣る私のほうが話せたことがあります。
- 人に頼って回っている職場は、その人が抜けた日に崩れます。私の施設では管理者が一度に六人辞め、判断できる人のいない現場が残りました。
- 確かめるべきは三つです。入った人がいつ何を教わるのか。困ったとき誰に言うのか。上司が抜けたとき何が起こるのか。
- この三つは求人票には書けません。文字にすると、どの施設も「あります」と書けてしまうからです。
- 人手が足りない職場では、教育が最初に削られます。働く上での悩みの第1位は「人手が足りない」で49.9%でした。
- 介護職員は2040年度に約272万人が必要とされ、2022年度から約57万人の増員が求められています。あなたには選ぶ権利があります。
- 変わるのは能力ではなく、朝の行動です。事務室の扉を開けるときに、息を止めなくてよくなります。
- 家に帰ってから職場のことを考える時間が減ります。言う場が決まっていれば、その場で言い終わっているからです。
- 二回目の質問ができるようになります。管理者の方は、答えを持っていないときに持っていないと言える相手ができます。
- 身体の負担は仕事の性質上残ります。減らせるのは精神の側で、そちらは段取りで減らせます。
面接に来てください
面接にお申し込みください。それだけです。
募集の条件は、[募集要項のページ](/recruit/)にまとめています。先に条件を確かめてからお申し込みいただいて構いません。
履歴書を完成させてから、とは申しません。辞める決心がついてから、とも申しません。いま在職中であること、迷っていること、他も見ていることを、そのまま言っていただいて構いません。
お申し込みのあと、何が起きるかを書いておきます。日程を調整し、私がお会いします。その場で、先ほど挙げた三つを確かめてください。入った人がいつ何を教わるのか。困ったときに誰に言うのか。上司が抜けたときに何が起こるか。この三つを、こちらから説明するのではなく、あなたから聞いてください。答えられなければ、お断りいただいて構いません。
その日に決めていただく必要はありません。持ち帰って、いまの職場と比べてください。比べるための材料をお渡しするのが、この面接の目的です。
なぜ私が、採用の場でこういう言い方をするのか。最後にそれだけ書かせてください。
私は十年前、介護の知識が何もない状態でこの事業を始めました。もともとやっていたのは地域づくりの仕事です。その延長として、住まいと支援が必要な方のための場所を作りました。専門家として始めたのではありません。だから、分からない側の立場を知っています。褥瘡も知らないのか、と陰で言われる側にいました。
そして、管理者が一度に六人辞めた時期を経験しました。人に頼って回していた施設が、人が抜けた日に崩れるところを見ました。あのとき困ったのは私だけではありません。残された職員が、判断できる人のいない現場で働きました。
私は、あれをもう一度起こしたくありません。そのために、人柄に頼らない形を作る側へ舵を切りました。
数字を並べて申し上げたことは、一つに尽きます。介護の仕事を辞める理由の最大の塊は、人間関係です。そしてその内訳は、性格の話ではなく、やり方の話でした。やり方であれば、変えられます。
上司は選べません。けれど、上司を育てる順番が決まっている職場は、選べます。
お申し込みの前に、気になりやすいことを下にまとめます。
- 在職中でも申し込めますか。申し込めます。むしろ、在職中のほうがよいと考えています。収入が途切れていない状態のほうが、落ち着いて比べられるからです。現職に伝わることはありません。日程も、勤務の都合に合わせて調整します。夜勤明けの時間帯をご希望される方もいらっしゃいます。
- 履歴書は完成していなくても大丈夫ですか。構いません。整った書類を用意することが目的ではないからです。志望動機の欄が埋まらないという理由で申し込みをやめる方がいらっしゃいますが、埋まらないのは当然です。まだ中を見ていないのですから。見てから書いていただければ十分です。
- 他の施設も見ている最中ですが、問題ありませんか。問題ありません。むしろ比べていただきたいと申し上げています。この文章でお伝えしてきたのは、基準を持って選んでくださいということです。一か所しか見ずに決めると、その基準が使えません。比べる相手がいるほど、判断は正確になります。
- その日に返事をしなければいけませんか。必要ありません。持ち帰って、いまの職場と並べてください。いまの職場で一か月目に何を教わったか、困ったとき誰に言うことになっているか。思い出しながら比べてください。急いで決めていただくために、この文章を書いたのではありません。
- 何を持っていけばいいですか。特にありません。用意していただきたいのは、質問だけです。この文章で挙げた三つ、入った人がいつ何を教わるのか、困ったとき誰に言うのか、上司が抜けたとき何が起こるか。この三つを、あなたの口から聞いてください。
- 経験が浅いのですが、応募して迷惑ではないでしょうか。迷惑ということはありません。私自身が、介護の知識ゼロからこの仕事を始めた人間です。褥瘡も知らないのかと陰で言われながら続けました。経験が浅いことの不便さも、肩身の狭さも、想像ではなく体験として分かっているつもりです。
- 管理者をやって失敗した経験があります。それでも会っていただけますか。会わせていただきたいと思っています。私の施設では、管理者が一度に六人辞めた時期があります。そのとき私が学んだのは、潰れるのは本人の能力の問題ではないということでした。同じ場面を経験された方とは、話せることが多いはずです。
- 前の職場の不満を言ってもいいのでしょうか。構いません。面接で前職の悪口は言わないほうがよい、という作法があります。ですがこの面接で確かめたいのは、あなたが何に困って動こうとしているかです。困りごとが分からなければ、うちで解決できるかどうかも判断できません。
- 断られたらどうしよう、と考えていませんか。この面接は、あなたが施設を判断する場でもあります。三つの質問に答えられなければ、お断りいただいて構いません。私はそう書きました。選考されに来る、と考えないでください。確かめに来る、と考えてください。
- いますぐ辞めるつもりはないのですが、それでも申し込んでいいですか。むしろ、その段階の方に来ていただきたいと考えています。限界まで来てから動くと、次を選ぶ基準が「いまより楽ならどこでもいい」になります。まだ頑張れるいまが、いちばん冷静に比べられる時期です。
- 申し込んだあと、しつこく連絡が来ませんか。来ません。日程の調整と、当日のご案内だけです。人手が足りない業界なので、追いかける施設があることは知っています。ですが、追いかけて来ていただいた方は、追いかけられて辞めます。それでは意味がありません。
- 最後に一つだけ。この文章をここまで読んでくださったこと自体が、答えの半分だと思っています。上司との関係で消耗している方は、もう読む気力さえ残っていないことが多いからです。まだ読めているうちに、確かめに来てください。
面接のお申し込みを、お待ちしています。
追伸。
なぜ私が、求人のページにこれだけの字数を使ったのか。それだけ書かせてください。
十年前、私が始めたのは介護の事業ではありませんでした。地域づくりの仕事をしていて、その延長で、住まいと支援を必要としている方のための場所を作りました。専門家として参入したのではありません。知識はありませんでした。だから褥瘡も知らないのかと陰で言われ、初期の職員に馬鹿にされました。営業に一緒に行こうと声をかけても、話は流れていきました。一人で出かけた日のことを、いまでも覚えています。
そのころの私は、自分が場違いなところにいるのだと思っていました。専門家ではないのに、人の暮らしを預かっている。その後ろめたさが、ずっとありました。
考えが変わったのは、他の施設で受け入れを断られた方が、うちに来られるようになってからです。認知症が進んで、よそでは手に負えないとされた方々でした。その方々をお預かりするうちに、気づいたことがあります。どこにも居場所がなくなった人が、最後に辿り着く場所が必要なのだということです。そして、それを作れるのは、自分も居場所がなかった人間なのかもしれない、と。
管理者が一度に六人辞めた時期は、その次に来ました。残された現場を見て、私は自分のやり方が間違っていたと分かりました。私は「良い人を集めれば良い施設になる」と考えていたのです。実際には逆でした。良い人が入っても、教える順番を用意していなければ、その人の善意を使い潰すだけでした。
追い出された方を受け入れてきたつもりで、私は、働く人を追い詰める側に立っていました。
私がこれからやりたいことは、一つです。誰が辞めても回る形を作り、その上で、上司が部下を育て、育った部下がまた誰かを育てる流れを残すこと。人の善意に頼らない形にしておけば、たまたま入った人が、たまたま潰れることがなくなります。利用者さんにとっても、働く人にとっても、ここを「最後に辿り着ける場所」にしたい。 それが、いま私がこの事業でやろうとしていることです。
この文章は、うまく書けた自信がありません。ですが、一つだけはっきりしていることがあります。
私たちは、よそで居場所をなくした方を受け入れてきた施設です。利用者さんだけを、とは考えていません。
あなたがいま、職場で自分の居場所がないと感じているのなら、その感覚を、私はよく知っています。